「どっちに曲がってもいいように、真ん中の林を狙え」って言われるんですが
僕が通っているゴルフ場には、右ルートと左ルート、2通りの攻め方ができる名物ホール(Par5)があります。
ティーショットで丘を越えなくてはいけない右ルートは、丘を越えてからの下り傾斜が強く、良いショットが出ればフェアウェイを転がって残りの距離が短くなるので、とてもチャレンジし甲斐のあるルート。
左ルートは右ルートほど狙いどころがシビアではなく、右の丘を越える距離が打てない人や、その日の調子で越える自信のない人、また、右ルートの傾斜を使わなくても十分な飛距離が出せるロングヒッターも敢えて左ルートを選んだりします。
結局はどちらのルートへ打っていってもやり甲斐のあるとても楽しいホールなのですが、右ルートと左ルートの間にはセーフゾーンの林とかなりの高低差があり、合流地点まではお互いの姿が全く見えません。
つまり、3人対1人で右ルートと左ルートに分かれてしまった場合、1人のプレーヤーは合流地点まで孤独の歩みになるわけです。
優勝がかかる大事な場面でのしかかって来た「日頃の行い」
その日、僕は右ルートを選択。
ティーショットのドライバーは、打った本人が一番驚く会心の当たりで、ボールは狙い通りの右の丘を綺麗に越えて見えなくなりました。「あれは一番下まで行ってるだろうね!」同伴メンバーやキャディーさんが褒めてくれます。
他の3人は左ルート。左を狙って打った人もいれば、右ルートを狙うもフックボールが出て、仕方なく左ルートへ行くことになった人もいて、とにかく結果は僕1人だけが右ルートです。
キャディーは当然3人がいる方に付いていくのが効率的なので、僕は完全に1人きり。
2打目を打つ大きめクラブを持って、意気揚々と歩いてボールを探しに向かいました。
本人も驚きのナイスショットですから、ボールはフェアウェイの綺麗なところにあるかと思いきや、よほど落下地点のキックが悪かったのでしょう。なんと坂の途中の低い木の根元に。しかも茂った枝や葉っぱが邪魔で、ボールまでクラブが届きません。日頃の行いぃぃ・・・。
(あんなに良いショットだったのに!?運が悪いなぁ・・・)
狙い通りのナイスショットだったおかげで、ガッカリ感はいつもの倍です。
そしてこの日はゴルフ場の競技会。
このホールまでは調子も運も良く、優勝を狙えるかもしれないスコアにまとまっていました。ここは何とかして最小限のケガで乗り切りたいところです。
「魔が差す」・・・悪魔が心に入り込んだように、一瞬判断や行動を誤ること。出来心を起こすこと。(デジタル大辞泉)
(これ、アンプレヤブルの方がいいくらいだな・・・)
そうも考えましたが、誰も見ていないところでボールを拾い上げるのは何となく気分が悪いもの。どうするか悩みました。
アンプレヤブル・・・打つことが困難な場所にボールがある場合にプレーヤーがとることができる処置。アンプレヤブルの判断をするのはプレーヤー自身で、1打罰を払った上で次の3つの救済方法から1つを選択して打つ。
①ボールの位置からピンに近づかない2クラブレングス以内のエリアにボールをドロップして打つ。
②ボールとピンを結んだ後方線上にドロップして打つ。
③最後にプレーした場所に戻って打ち直す。
(どうしよう、立ってクラブを振っても枝が邪魔でボールまで届かない。膝をついてスイングしようかな?だけどウッドしか持ってきてないぞ?打てる?)
立ったりしゃがんだり、膝をついてみたり、色々と打つ方法を考えているうちに、不穏な考えが頭をよぎり始めました。
(これ、全員向こうにいて誰も見てないんだから、ずるい奴だったら拾い上げて打ちやすいところに置くのかな?)
最初に断っておきますが、僕の生き方としてその選択だけは絶対にありません。
ただ、それもできる状況なんだな、ということが頭をかすめたのです。
(あんなナイスショットがこんなところへ転がってしまって、これはミスではない。運が悪かっただけ。しかも誰も見ていない。全員が打ち終わって合流するまでにまだ時間もある。これは・・・やる奴はやるな?)
僕は自分がそんなことをしているところを想像して怖くなりました。
(おい!ダメだダメだ!そんなことも出来るなんてことを想像すること自体、ゴルファーの精神に反してるぞ! だけど誰も見ていない・・・。)
自問自答は続きます。
(どうしよう、無理して打つか、アンプレヤブルか。アンプレヤブルなら絶対に全員に聞こえるように叫んで宣言しないといけないぞ。ついでに打ちやすいクラブをキャディーさんに持ってきてもらうか・・・?そして誰も見ていない・・・。)
一旦、小高いところへ駆け上がって左ルートの様子を見ると、みんな向こうの方でラフの中で見つからないボールを探しています。誰もこちらを気にしていません。
(ダメだ、あの状況でクラブ持ってきてくださいとは頼みづらい・・・まだ少し時間がありそうだし、自分でカートまでクラブを取りに行こうかな?そして誰も見ていない・・・。)
カートはコースの一番端っこ、坂を下って取りに行き、登って戻らなくてはいけなさそうです。
(誰も見ていない・・・。仕方ない、よし。)
僕は膝をついて四つん這いになると、クラブを右手一本で持ち、左手は地面で身体を支えながら慎重にボールをクラブヘッドの背中で打ちました。
「コツッ」
今までしたことのない体勢で振ったクラブはボールの頭をかすめた程度でしたが、5メートルほど転がって、何とか次に打てる場所に出てきました。
ホッとしたその瞬間です。
「ナイスアウト。」
背中の方から声がしました。
後ろの組のキャディーさんが打ち込み防止のために丘の上までやって来ていて、僕らの様子を見ていたのです。僕が悩んでいるところも、いろんなポーズで打ち方を試行錯誤しているところも、全て見られていたのでした。
心の底から思いました。あんな悪いイメージばかり浮かんできて、万が一にも魔が差すようなことがなくて本当に良かったと。絶対にないにしても、本当に良かった。
絶対に、絶対に誰にも見られていないと思っていても、どこかで誰かが見ています。
あなたが気が付いていないところで。
取り返しはつきません。
肝に銘じておきましょう。