「紳士のスポーツ」 ゴルフで一番はじめに教えられたこと
「あるがままに」
ゴルフを始めるとき、まず最初にそれを教えられました。
「コースもボールもあるがままに。ノータッチでプレーするのがゴルフの精神だよ。」
ルールブックの最初の章にそのことが書いてあるように、ゴルフの真髄とも言えることです。
ゴルフが好きになるまでには、そこからまだまだ時間がかかりましたが、
自分に正直に。
正々堂々。
審判は自分自身。
そんなところにはとても共感できて、さすが紳士のスポーツだと納得したことを覚えています。
僕の「あるがままに」のゴルフ観に影響を与えてくれた3人の素敵な人がいます。
まず、1人目の素敵な人。
まだゴルフがそこまで好きではなかった頃、得意先のコンペでのことでした。
僕と同僚は取引先の会社の社長と、そこの若い社員君が同組だったのですが、その社員君は非常に有り得なく気が利くタイプで、朝から社長のために大車輪のご活躍。
「さすが社長!センスの良いゴルフウェアですね!」
「こんなに顔がいいクラブは初めて見ました!」
「ボールが結構キズついてますから僕の新品と取り替えましょうか?」
と、気が利くというよりも、見ていて反吐が出るような嫌な気の回し方の連続技をご披露です。
社長は普段から優しく、とても人望が厚い人ですが、社外の僕らの目が気になってか、少しバツが悪そうにしていました。
あるホールでのこと、社長が打ったティーショットは大きく曲がってコースの左、つま先下りの深めのラフに消えました。セーフゾーンです。
ここぞ見せ場!とばかりに真っ先に飛び出した気回し君。
みんながボールの地点に到着するまでに社長のボールを見つけようと必死です。
彼がボールを探している現場に、僕らがカートで到着したその時です。
「社長、ありましたよ!」
まるでカートが到着するタイミングを見計らっていたかのように、気回し君は笑顔でこちらにアピールしました。そしてなんと、見つけたボールを拾い上げたのです。
「こんな悪いライじゃなくって、もっといいところから打ってくださーい!」
気回し君はぽーんとボールをフェアウェイに投げると、ニッコリと社長に微笑みかけました。
僕らが呆気に取られていると、社長は黙って投げられたボールへと歩いて行き、拾い上げて戻ってきました。そして、元々あった位置よりもさらに深く、打ちにくそうなラフの中にボールをねじ込んでこう言ったのです。
「ゴルフはあるがままに。覚えておきなさい。」
それ以降、気回し君のやりすぎ気回しはピタリと止みました。
社員を叱りつけることなく、全てを理解させたこと。そしてゴルフの精神を貫いて、自分にとってより不利な状況に戻したこと。
あの時の社長の姿はとても美しく、これまで以上に大好きになりました。
ノータッチ紳士同盟
それ以来、僕は頑ななまでのノータッチ派でした。
プライベートのゴルフでも、どんなディボットだろうと、どんな障害物があろうと、どんな荒れた足元だろうと修理地扱いの場所以外は動かさず、触らずにプレイしてきました。
それが自分の誇りでもあって。
スコアは悪くても、あるがままを貫く精神でプレーすることが美しいことだという考えです。
さて、僕がメンバーになっているゴルフ場は、芝生にエアレーションをした後や冬の期間は、競技会の時でも「6インチプレースあり」という、まあまああり得ないローカルルールが適用されます。
まさか競技ゴルフでもボールを動かしてOKだなんて。
エアレーション・・・芝生に養分を吸収させるために、定期的に地面に穴を開けて酸素を供給すること。これをした直後のフェアウェイは見た目も悪く、ちょっと打ちづらい。
6インチプレース・・・自分が打ったボールが障害物や地形の問題などで打ちにくい場所に落ちた場合、6インチ(15.24㎝)以内であれば自由に動かして良いルールのこと。しかし、6インチプレースは正式なルールではない。ゴルフ場が決めたローカルルールの1種で公式の大会では行われていない。
このルールには、僕は辟易としていました。
だって真剣勝負でスコアを競っているのに、みんな同じ条件なんだから、全員ノータッチでやればいいじゃないか。
ボールを良い状態に置き直してから打つなんて、スポーツマンシップに反することを許すのはゴルフの精神とは違う。
恥じらいもなく6インチプレースを使うなんてみんな自分に甘いな。
そんな風に考えていたのです。
「それ、6インチルールで動かして打ちなよ。」
そしてこれを言われるのが嫌で嫌で・・・なぜなら、自分は全く気にならないライでも、こうやって言われたことがきっかけで、なぜかそこが打ちにくいライのような気分になってくるからです。
そして、それでも僕は動かさないので。
「そこ、ディボットだから6インチプレースを使って打ちやすくして打つといいよ。」
その日の競技中も、一緒にラウンドしていた人に言われてしまいました。
(そんなこと言われても、僕はノータッチなんだよ・・・)
彼の声が聞こえなかったフリをしてあるがままに打ったアプローチは案の定、ひどいトップボールでグリーンの奥へとオーバーしていきました。
「ほらぁ、だから言ったじゃないか」
そう言って笑われましたが、引き続き僕は聞こえなかったフリをしています。
(そもそもそのアドバイス、ペナルティだからな!)心の中で叫びながら。
ホールアウトすると、他の同伴メンバーが声をかけてくれました。
「君はノータッチ派なんだね。素晴らしいと思います。」
もう70歳も近いその人はとてもダンディ。
いつもにこやかでゆとりがあり、周りへの気遣いもできる人で、そんなところを見ていた僕は彼にとても好感を持っていました。
ゴルフでご一緒したのはその日が初めて、会話をしたのもその日が初めてです。
「あなたも6インチプレースは使わないんですか?」 僕が彼に尋ねると
「僕は、ゴルフはノータッチだって若い頃に教わったからね。」
彼は笑顔でそう答えました。
(いや、思っていた通りのダンディおじさんだ…そうですよね、その通りですよね!)
ノータッチ紳士同盟で心が通じ合った僕らは、それをきっかけに仲良しになりました。
あるがままに。この精神で繋がったのです。
「ルールを活かして闘う」
さて後日、別の競技会の日。
その日は、全員が初めましての4人組でのラウンドで、キャディーはまだ20代の可愛らしい子でした。この日のルールも6インチプレースあり。みんな思い思いにライの良いところにボールを置き直してショットしています。
(そりゃあ、それだけ浮かせて打ったら、ナイスショットばかりでしょうよ)
僕はそう思いながら、6インチプレースありのルールの理不尽さに苛立っていました。
もちろん、表面には出していません。にこやかに。ゆとりを持って。
ラウンドの中盤あたりで、僕のショットは大木の付近へ。
行ってみるとボールのすぐそばに木の根っこが出ていて、確実にショットの邪魔です。
とてもまともには打てそうにありません。
「6インチ横に動かせばグリーンに向かって打てそうですね。」
クラブを持って来てくれたキャディーさんが言ってくれました。
キャディーからのアドバイスはペナルティーにはなりません。
「ありがとう、でも、僕はあるがままにが信念なので。」
僕はそう言って、根っこに邪魔をされたボテボテのチョロっとショットを打ちました。
(・・・ショットは格好悪い。でも僕がした選択は、格好いい。あんなところに打った自分が悪いのだから)
と、自分自身を納得させながらホールアウトしました。
ハーフの休憩で、そのキャディーさんが声をかけてきました。
「さっき、どうして6インチプレースを使わなかったんですか?せっかくあそこまで良いペースで来てたのに。」
「僕はノータッチが信念なんだ。」
「へぇ・・・勝負に勝ちたいとは思ってないんですか?」
「そりゃあ勝ちたいとは思ってるよ。でもこの時期はずっと6インチプレースありのルールだから、みんな良いスコアが出せちゃって上位入賞はなかなか厳しいけどね。」
僕は、ハンディキャップを減らすために上位入賞を目指していること、そして、全員が同じ条件なのだから本来は6インチプレースなんてルールは必要ないはずだ、と彼女に付け加えました。
すると彼女はこう言ったのです。
「すみません、今のお話、私には『6インチプレースのルールがあるから、僕は結果が出せていない』っていうただの言い訳に聞こえます」
うっ。
衝撃を受けました。
なるほど、それは一理ある・・・・。
彼女は続けます。
「それは僕だって6インチ動かしたらもっといいスコアなんだよって言っているのと同じですよ?私は、ノータッチの信念もカッコいいとは思いますけど、ルールを使ってちゃんと結果を出せる方が断然カッコいいと思います。全員に公平なルールです。」
まったくその通りです。
僕はぐうの音も出ませんでした。
まさかこんなに若い人から一瞬でここまで徹底的に諭されるとは。
みんな、ルールを最大限に活用して、スポーツマンシップに則った真剣勝負をしていたのです。
「本当だ。。。。キミの言う通りかもしれないです。今日のところはノータッチで。でも一度よく考えてみますね。」
そして彼女が言いました。
「まず一回、ルールをちゃんと活用して優勝して見せてくださいね。」
これ以上何を考えることがあるでしょう?今までの自分の意固地な考え方を改めねば。
僕はこの日、競技ゴルフに限ってはルールを最大限に使って、自分が出せる最高のスコアを目指すことを決意しました。
6インチプレースが適用の場合は、要所でちゃんと活用する。そして自分自身に言い訳をしない。
このキャディーさんのおかげです。
彼女が2人目。
僕の頑なだった”あるがままに”の考え方に柔らかみを与えてくれた素敵な人です。
いざ、6インチプレースを使う前に、絶対にやらなくてはならなかったこと
競技ゴルフではルールに則って、6インチプレースOKの場合は要所でボールを動かすことを決めた僕ですが、ではすぐ次回の競技から6インチルールを使っていたかというと、実はそうではありませんでした。
前述した、ノータッチ同盟ダンディおじさんとのことがあったからです。
「僕らはノータッチ精神。」
という話をした手前、いつか彼とラウンドした時にいきなり僕がボールを触り始めていたら、彼は僕をどんな人間だと思うでしょう?
(まずは彼に、僕が方針転換をすることを伝えなければ。彼がそれについてどう考えようが、彼に宣言さえしたら僕はそこから6インチプレースを使う男になる。僕が方針を変えることを彼に理解されずとも、それは仕方あるまい。)・・・そんなことを考えながら、悶々とした日々を過ごしていました。
そしてとうとう、彼と再度一緒にラウンドする競技ゴルフの機会がやって来ました。
この日も芝の状況は悪く、6インチプレースが適用になっています。
僕は恐る恐る、彼に話しました。
若いキャディーが言ってくれたこと、そしてそれに納得したので、今日このラウンドから、僕は6インチプレースを使うことにしますと。
「なるほど。腑に落ちた。」
彼は言いました。
「そのキャディーさんの言う通りだね。僕もこのラウンドから6インチプレースを使うよ。」
もしかしたら彼にガッカリされてしまうかもしれないと思っていた僕は、その言葉に驚きました。
数十年間も貫き通していたノータッチの信念を一瞬で変えさせたキャディーのあの子の話、そして、それを一瞬で受け入れることができた彼の人間の大きさ。
3人目の素敵な人は、このダンディおじさんです。
さらにこの人が素敵だったのはそのラウンド、「まずは僕から。」と言って、自分が先に6インチプレースをするところを僕に見せてくれたことでした。
その行為で僕の気持ちはとても楽になり、晴れやかな気持ちでルールを活用してプレーをすることを始められたのです。
こういう人に僕もなりたいと思いました。
結局、スコアを良くするためには練習するしかありませんよ
あるがままに、を言い訳にしない。
自分の中で、新たな格好良さを学んだ話でした。
ちなみに、6インチプレースを使ったからといって、スコアが良くなったかといったら、特にそうでもありません。
もっと練習が必要なんです。